苗穂の歴史の痕跡を探す
ちょっとマニアックな探検

2019.10.02

SHARE

古い工場は一切巡らない、ちょっとマニアックな探検

8月末に、札幌市地域計画課主催の「苗穂まちなみ探検隊」に参加してきました。
一般的な苗穂のまち歩きとは違うスタンスで、歴史の痕跡を探す宝探しのような探検隊。

探検隊をナビゲートしてくれたのは、株式会社あるた出版「O.tone」編集デスク・街歩き研究家の和田哲さん。

まずは、集合場所だった北口から空中歩廊を渡りながら、明治43年にできたJR苗穂工場を眺めます。

苗穂工場には、整備中の車両や役割を終えこれから解体される車両などがあります。

続いて苗穂駅南口前にあります明治43年創業の老舗酒屋「カネキ小飼商店」さんへ

小飼商店さんの裏にある札幌軟石でできた蔵。大正15年頃につくられ、もともとはお米用の蔵だったそう。

軟石の表面の仕上げは用途によって3タイプあるそうです。
ひとつ目は「ツル目仕上げ」写真の小飼商店さんの蔵のようにツルハシで切った斜めの線が特徴。
ふたつ目、ハンマーで細かく叩いた時間のかかる「小たたき仕上げ」。
※写真は、道営住宅光星第4団地の集会所。


そして昭和30年代以降はチェーンソーが導入され「機械仕上げ」が登場した。
今では、建築基準法で軟石で建物をつくることはできないですが、苗穂には、軟石を使った建物が多く残っていると言われています。

伏籠川の痕跡を探す

苗穂地区の北側は、もともと豊平川の流路だった「伏籠川(ふしこ)」がぐねぐねと蛇行して流れていました。
いまは、埋め立てられなくなってしまいましたが、例えば、川の流れに沿うように分けられた敷地に合わせ、建物がカーブしている場所など、そのわずかな痕跡がいまも、いくつか残っているようです。

昔の地図を見ると、この「新穂公園」には斜めに横切るように川が流れていました。


和田さんの憶測ですが、公園内にある起伏はおそらく川の地形に由来しているのではないかと考えられます。

写真奥の芝生に起伏があり、奇跡的にここだけ残った地形は、おそらく伏籠川唯一の痕跡と考えられるとのこと。
公園の周囲に盛り土をする必要はないはず…すごく地味ですが身近に歴史を感じられてワクワクしてしまいます。

 

つづいて、「ファイターズ通り」や「斜め道路」と呼ばれている花畔札幌線。

この札幌では珍しい斜めに走る道路は、札幌で最も古い道路「旧石狩街道」です。
札幌と石狩を結んだ「旧石狩街道」は江戸時代の終わりに大友亀太郎が伏籠川の自然堤防を整備して作りました。

札幌では珍しい狭くて斜めの道を歩いていると、古い街道らしく大きなヤチダモの木があったり、お寺があったりと、札幌離れした本州の街道を歩いているような風情を感じることができます。

 

普段は気がつくことのないまちの痕跡

このように苗穂を歩いてみると、至る所に、歴史の跡を感じることができます。

アリオ札幌の裏側、JRの引込み線があった場所。緑のフェンスが、引込み線と同じ角度でカーブしている。

苗穂小学校の旧校舎の一部。札幌市内で唯一の木造校舎が記念館として残されています。今年、開校100年を迎えます。

和田さんは、歴史の痕跡を知ることで、何か愛着のようなものが湧いてきますねと話していました。
ちょっとした不自然なカーブや、起伏なども、もしかしたら何か理由があるのかもしれない、そんなことを考えながら歩くのも楽しい。
古い景観と新しい暮らしが共存する苗穂ならではの魅力のひとつを知るツアーとなりました。