昭和初期の苗穂地区の地図を歩く

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ここに「さっぽろ文庫・別冊」に掲載されていた、昭和2年の苗穂駅周辺の住宅地図があります。

▲「さっぽろ文庫・別冊」札幌歴史地図 昭和編

鉄道、北3条通、北2条通、北1条通、豊平川、東橋、基本的な立地は約100年前と大きく変わってないようです。さすが、産業の町なだけに、工場が多く見られます。木工所、製瓶工場、醸造所、製粉工場などなど。

特に当時市電が走っていた北3条通は病院や銀行、商店、運送店、売炭所、馬具屋などが軒を連ねており、いかに繁栄していたかが地図からも伺えます。

▲昭和の頃の2代目苗穂駅《出典:札幌市公文書館 蔵》

いま、苗穂エリアでは、旧苗穂駅の木造駅舎の解体工事が進められています。

▲旧苗穂駅の解体の様子

昭和10年から83年間苗穂を見守り続けてきた2代目苗穂駅が、役目を終えて、新しい苗穂駅へと。町の風景の移り変わりを感じます。

▲現在のJR苗穂駅南口では、408戸のツインタワー新築分譲マンション(大和ハウス工業)のほか商業・医療施設などが建設予定

 

豊平川に2番目に架けられた橋

そんな解体工事中の旧苗穂駅の前に伸びる道を走っていくと豊平川が広がります。そこに架かる「東橋」は人が通れる橋としては豊平川で2番目に架けられた橋で、明治23年に40mの吊橋と78mの連続した板橋が架けられたのが最初です。

▲1922年撮影の東橋《出典:札幌市公文書館 蔵》

橋の名前の由来は札幌の東にあること、後の大正天皇が東宮(皇太子)となられたことから「東橋」と名づけられたそうです。

その後、東橋は昭和26年に架橋され、平成26年に架け替え・拡幅工事が完了して今の姿になりました。国道12号線を通す重要な交通路であり、幾多の水害で流失・破損しながらも繁栄の一翼を担ってきた歴史の語り部でもあります。
豊平川の自然を眺めながら当時の風景を思い出してみるのもいいかもしれません。