大正期、現在の南区にある石切山で採掘された、札幌軟石と呼ばれる加工のしやすさから近現代の間に建築資材などとして活用された石材を、馬を用いて運んでいた「札幌石材馬車鉄道」の終点の一つが苗穂になりました。その後、定山渓から札幌の街中まで敷設された「定山渓鉄道」が誕生し、運搬方法が馬力から電力に変わったことにより、石材の運搬は大きく飛躍します。大正7年に苗穂の近くに位置する白石と定山渓をつなぎ、昭和7年には苗穂まで延線。このような歴史ゆえに、札幌軟石が建物の外壁や塀などの資材、花壇に使われていたり、なぜか道に落ちていることもありますが、さまざまな場面で札幌軟石と出会うことがあります。
苗穂に残る軟石倉庫①
苗穂に残る軟石倉庫②
軟石文化の痕跡以外にも、昭和初期に建てられ、札幌市に現存する唯一の木造校舎「苗穂小学校記念館」、さっぽろ・ふるさと文化百選に選ばれた大覚寺、サッポロビール博物館やJR苗穂工場、雪印メグミルク札幌工場など、苗穂の暮らしと産業の発展を象徴するスポットが多く存在。この産業の歴史が感じられるいくつの場所が、「札幌苗穂地区の工場・記念館群」として、北海道遺産に選定されています。苗穂周辺には、豊平川や伏籠川が流れており、水資源が豊富だったことが影響して、人々が居住し、ビールや味噌などの醸造業や機械系の工場など、水を活用するものづくり文化が根付いたのではないでしょうか。
苗穂小学校記念館
苗穂駅の南口からまっすぐ伸びる通り、言わば苗穂駅前通。とはいっても、現在の苗穂駅は2018年12月に移転したばかりなので、昔からの呼称ではなく、私を含め数人がそう呼んでいるだけ。今も居酒屋やバーなどの飲食店がいくつか営業していますが、かつてはさらに多く店があり、苗穂地区の賑わいの象徴でした。近年では、新苗穂駅や高層集合住宅など、大きな建物が苗穂のランドマークとなっていますが、2階建てのこじんまりした建物が建ち並び、どこかゆったりとしたこのストリートこそ、苗穂のもう一つの顔と言えるでしょう。屋根が道路に対して反対側へ傾斜し、建物によっては前面に看板を張り付けているかのようなファサードが特徴的。ちなみに、ななめ通りに面する札東映劇とニュー札東ビルの飲食店が並ぶ路地も、ディープでワクワクする街並みの一つです。
小さな建物の街並み
札東映劇とニュー札東ビル
歴史的な雰囲気や、下町風情が感じられる苗穂に、新たにオープンしたお店を紹介します。その名は「small things coffee」。元々は西11丁目駅周辺に店を構えていたのですが、苗穂の下町感に魅かれて移転を決断したそうです。苗穂に元々あったステキな建物をリノベーションしたお店で、おいしいコーヒーやスイーツのほかに、センスの良い雑貨も販売されています。比較的高齢者が多く住まわれている地区ですが、このお店を目当てに苗穂に遊びに来る若い女性が増えたと聞きます。私がお店に伺った際は、ご年配の方も来店していて、地区内外の方に愛されるお店であると感じました。
small things coffeeの外観(写真:店主提供)
苗穂駅周辺の開発が進み、まちの姿が変わりつつある2020年、苗穂の住民や事業者など数名により、「naeboでaosbo」というプロジェクトがスタートしました。このチームでは、地区に流れるノスタルジックな風情・人情と、苗穂に魅力を感じて来訪される方々の新しい姿が混ざり合った風景が生まれることを目指して、作戦会議を行っています。今はsmall things coffeeに続く、新たな仲間を出迎える準備をしているところです。
カネキ小飼商店における作戦会議
時が経つにつれて、変わっていくもの、失われるものはありますが、どこかで「苗穂らしさ」を継承し、この「らしさ」に魅かれた人々が居住したり、生業を営んだり、もしくは「今日は苗穂であそぼ?」と言ってもらえるような、そんな日が来ることを私は夢見ています。
私が夢見る生き生きとした苗穂の街並み
(文・写真・イラスト)
伊藤 涼祐
平成5年生まれ。28歳。都市計画・都市デザインを専門として㈱ノーザンクロスに従事。2020年に緩やかなまちづくりチーム「naeboでasobo」を結成。