街での買物を終え、今日の用事は全てこなした。けれどどうにも物足りない。そんなとき、僕はあてもなく街を歩く。 今日は東の方へ進んでみよう。

創成川を渡ると、バスターミナルからさまざまな行先を掲げたバスが次々と発車してゆく。旭川、帯広、函館、網走。遠くの街へ連れて行ってくれるバスに、僕もひょいと飛び乗れたらいいのに。しかし、身近なところにも未だ見ぬ世界はきっとあるはずだ。
碁盤の目の街がどこまでも続く札幌の中心部は、A地点から対角線上のB地点まで、どんなルートを採っても距離は変わらない。考えてみると、すごいことだ。テレビ塔から苗穂駅まで向かおうとするとき、同じ距離のルートはいったい幾通りあるのだろう。
僕は北1条通を逸れ、なるべく通ったことのない道を選んで歩いた。 創成川イーストと注目されるようになったこの界隈は、モノづくりで栄えた街。開拓使時代、北海道の豊富な資源を用いて産業を根付かせようとビール工場が開設されたのを皮切りに、製麻工場や鉄道工場、ガス会社などがこの地で操業した。それらに関連して問屋や倉庫、町工場が次々と開業し、札幌の発展を支える屋台骨となった。

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ところで、碁盤の目で仕切られた街は、目的地までの道のりや距離感が分かり易い反面、少し淋しさを感じる部分がある。それは、固有の地名がないこと。どこまでも条・丁目が続くから、エリアに個性が生まれにくいような気がする。 例えば、「円山」という正式な地名はないけれど、「円山」とされるエリアには「円山」らしさを感じるお店や飲食店が軒を連ね、人々を寄せ付ける。ゾーニングされることによって、街にカラーが生まれ、魅力度はグンと上がるはず。だから、「創成川イースト」というくくりにはとても意味があって、既にそれを体現しつつあるなと、僕は界隈を歩いて感じた。

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街の構図は当時とは少し変わったけれど、創成川イーストには当時の面影を残す建物が多い。質実剛健な倉庫やビルも、時代を経て温かみが増し、優しい佇まいさえ感じる。そうした古い建物をなるべく活かす形で街づくりを続けていけば、このエリアのカラーがより色濃くなるのかもしれない。

そんなことを思いながら碁盤の目をジグザグと進むうちに、苗穂駅が見えてきた。2018年に新築移転した苗穂駅はレンガ風の外装とガラスを多用したモダンなデザイン。南北を結ぶ自由通路からは行き交う列車やJR苗穂工場を見ることが出来、乗り物好きには絶好のビュースポットだ。

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ずいぶん歩いたのでお腹が空いてきた。苗穂駅の南口からすぐのところに、以前から気になっていたレストランがある。札幌軟石で作られた蔵と木造家屋が合わさった趣ある佇まいの「レストラン のや」だ。 オーナーの川端さんは軟石造りの物件を求めて市内をあちこち訪ね歩き、旧苗穂駅近くの倉庫を改装してレストランをオープンさせた。

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このあたりじゃお洒落なレストランは儲からない。という声もあったが、蓋を開けてみれば界隈の工員さんたちの”社員食堂”として大賑わいで、今の建物に移転してからは作品展やライブができるスペースも設けた。温かみのある軟石造りの建物は徐々に数を減らしつつあり、耐震性の関係で新たに建てることは困難だそうだ。「軟石の建物には人と人を結びつける力があると思います。」と、川端さんは思いを語る。

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お店を出ると、もう日が傾きはじめていた。カタンコトンとリズミカルな音を立てて、光の帯が通過してゆく。寒くなってきたから、帰りは列車にしよう。

札幌に鉄道が敷かれてから、今年で140年。開業当初、札幌から小樽(手宮)まで、汽車は3時間かけて一日一往復したそうだ。10年後の2030年には新幹線が札幌まで延伸開業する予定で、鉄道開業150年という節目の年に、また新たな歴史が刻まれることになる。

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輝くテレビ塔が姿を現し、創成川が一瞬、まっすぐに見えた。その両側には車のヘッドライトとテールライトがどこまでも連なっている。小一時間かけて歩いた街並みを、列車から眺めて思った。1857年、2戸7人でスタートした札幌の街が、ここまで成長すると誰が想像しただろうか。原野を切り拓き、厳しい寒さに打ち勝った開拓者たちの努力に感謝するとともに、この街に住んでいることがなんだかとても誇らしく思えてくる。

ふと、『のや』の川端さんの言葉を思い出す。「この建物も、今後どうなるか分かりません。」
豊かさとは、決して利便性だけではない。コロナ禍で自由に出かけることが憚られるいま、安らぎや幸せを感じられる空間が身近にあることも豊かさの一つではないだろうか。
札幌の街に個性をもたらすお店や建物が、時代の波に飲まれることなく共存し続ける未来に、僕は期待したい。

(文と写真) 上田純也
旅行と街歩きが趣味。雑作家Junyaという名前で、写真やインスタレーションの制作活動をしています。